千足國物語「新参者・二海道光宗1」

海には飽いた。それが二海道伯にかいどうはくの長子・光宗みつむねの4ヶ月に渡る船旅の感想だった。しかし、それ以上に二度と郷里に戻れぬということが、彼の憂鬱さを増していた。

光宗が港で物思いに耽っていると、背中に衝撃を受けた。衝撃の主は、牛を引く男だった。荷車には米俵が10から20俵程度積載されていた。

「邪魔だよ。怪我するよ」

「何」

応答したのは、家人の鬼庭佐清おにわすけきよだった。彼は太刀に手をかけようとしている。しかし、男は怖気づくことなく、むしろ嗤っていた。

「何だい、あんた。俺を斬る気かい。やれるもんならやってみろ、この天子様の御料地を汚せるもんならやってみろ」

天子様、この言葉に光宗は怖気づいた。光宗は、「いや、まことにすまぬことをした。」と謝った

フン、と男は鼻を鳴らした。

「いいかい、田舎者。ここはな天子様のお膝元、畿内だぜ。どこぞの領主様の身内だか知らねぇが、ここじゃそこの腰の物なんか通用しねぇぞ。いつだって銭を止めることなんてできるんだからな。」

よ、そのとおり。と見物人たちが囃し立てる。男が満足そうにしていると突然牛が鳴いた。あわてた男は「いけねぇや」といって、牛を引いてその場を去った。恐らく東ノ市に行くのだろうと光宗は思った。見物人も皆、それぞれの行く先へと去っていった。

「佐清、短慮であろう。父上もおっしゃっていたであろうが、都では肩にぶつかってもいちいち怒るなと。」

「誠に面目ござらぬ。」

「それにしても都の者は、気が強いですな。太刀をも怖がらぬ。」

西土門義基にしどもんよしもとはのんきそうに言った。

「まことよの。都の者というより商人は皆そうであろう。」

さあ、行くぞと光宗は2人を促した。

畿内と呼ばれるこの島は天下の中心に位置するだけに、肩と肩がぶつかるほど賑わっていた。そんな人の群れを、先ほどの男のように荷車を引く牛が、布を裂くように闊歩している。普通は牛から離れるものだが、都人は慣れているのかあまり恐れているようには見えなかった。

港から二海道屋敷に行くまでには、左右に分かれる道を左に進み、あとは道なりに進むと着く。と聞いていたが、人混みでどちらが左で右かは分からない。光宗は背の高い佐清の案内に従った。ここは東ノ市から離れるとはいえ、米問屋や廻船問屋、両替商やその他、蔵が立ち並んでいる。

その向こう側には青々とした山が見える。その山は妙見山みょうけんざんと呼ばれる。その昔、北斗七星の化身が山に住む女人と契った時に生まれたのが、初代の千足王・肇国王ちょうこくおうとなった。故に皆が「天子様」と尊称するようになったいう。その後、2代・護国王はその霊地に住まうことを恐れ多いとし、もう片方の東にそびえる山に宮を築いた。以来、その山を「大宮山」と呼ぶようになったと謂われている。

星と女人が契って、子が生まれるものかと光宗は思った。古今東西、自らの正当性に神話をこしらえることなどよくある話だ。しかし、それにひれ伏しているのが我が家を始めとする諸侯だ。そんなことを口にすれば謀反の罪を問われ、近隣諸侯に侵攻を許すこととなる。そんなことを考えていると、佐清が肩をたたいた。

「さ、もうすぐですよ。」

道なりに進んでいくと、西の市に入る。その奥の方へ行くと王宮に着く。西ノ市は先程とは違って落ち着いた雰囲気だった。ただ、建物の屋根から柱までベンガラなのか朱なのかわからないが赤々としていた。見たこともない陶磁器や、刀剣、工芸品などが置かれている。

「義基、西ノ市では見たことがないものばかりだな」

「西ノ市は南方の異国、坤帝国との貿易で得た物を取り扱っております。薬草、工芸品、貴石、刀剣、絹織物、どんなに安くても1貫はくだらないでしょう。」

「米2年分か」

「だいたいそれぐらいでしょうね。何せ向こうで250文で買った品をこっちで売ると5貫になるそうです。」

「そりゃ、すごい。20倍だ。」

佐清は驚嘆した。

「こういう品を買えるのは王族、豪商や神官、大領主くらいですからね。もちろん我が二海道伯もそれなりに持っていらっしゃると思いますよ。」

「なるほど。だから、港に比べて人だかりが少ないのか。」

「ええ恐らく。庶民には手が出ませんから。」

「若、もうすぐでお屋敷ですよ。」

佐清が告げる。市を抜けると、打って変わって地味で無骨でありながら市の店よりも大きな屋敷が並んでいた。ここが、都における諸侯の居住地だった。

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