千足國物語「新参者・二海道光宗2」

いつかお前は都に行かなければならない、と光宗みつむねは弟・成宗しげむねが生まれてからそう言われ続けていた。この千足國では長男長女は王宮の官人として仕える風習があるからだ。そのために学問と武芸に勤しんできた。時に王宮の能吏として、時に実家の工作員として生きるためには必須科目だった。

緩やかな坂道を登っていくと、突き当りに見えてきたのが二海道伯家の屋敷だった。この場所は王から賜った土地で、家の格式ごとに近さが変わる。二海道伯家の場合は、上中下のうち下の上だった。

筒袖四幅袴よのばかま、腹当のみの薙刀を持った門番の者らが光宗一行に気づき、身分を示すよう求める。無理もないことだった。いくら家中の者とはいえ、都に住むものは本貫地に戻ることは滅多に無い。死ぬまで都に住む者がほとんどだった。佐清は二海道伯の書状を示した。

「この度、二海道伯屋敷を先代の二海道清宗にかいどうきよむね様になりかわり預かることになった二海道光宗様である。ただちにお通しせよ」

「これは大変ご無礼いたしました。どうぞお通りくださりませ」

門番の者たちは慌てて門を開いた。門の向こうでは、素襖すおう姿の家中の者たちが何事かとこちらを見ていた。西土門義基にしどもんよしもとは先触れを行った。

「二海道光宗様、ご到着」

家中の者たちが慌てて立礼を行う。義基は先触れを続けた。そうすると玄関から水干姿の老人がやってきた。屋敷の家令・倉林義秀くらばやしよしひでだった。

「これは若君、ご機嫌麗しく。遠路はるばるよくぞご無事で。」

「義秀も久しぶりよの」

「私めを覚えていただき光栄に存じます。さ、こちらへ」

義秀の後に続いて光宗一行は、屋敷内へと入っていった。倉林義秀の家は元々、その名の通り倉を林の如く有する地主の家でその経営手腕と財力を取り入れるために、当時の二海道伯が彼の先祖を家臣の列に加えた。以来、二海道伯家は北方の地にありながらも過去5人の伺候伯しこうはくと呼ばれる執政官を輩出し、王宮に影響力を持つようになったという。そしてその6人目として期待されているのが、自分なのだと光宗は自覚していた。伯父・二海道清宗はその高潔さ故に関係各所への賄賂を拒絶し、従四位の次官止まりでその上の伺候伯になることなくこの世を去った。もちろん賄賂を贈らずして次官まで出世したというのも驚嘆すべき事実だ。

こちらです、という倉林の声で光宗は我に戻ると、襖の前に立っていた。この向こうが御用部屋で家令の他、上級家臣が控える。そしてその奥が御座之間という先代・清宗を始めとする主の執務室だった。

「書物が多いな」

「はい、清宗様は本朝の書物だけでなく異国の書物にも親しまれておりました。」

光宗は書物を一冊取って書名を見た。財政に関する書物だった。あたりを見ると、法律や行政、軍事、商業に関する古今東西の書物にあふれ、伯父の博覧強記ぶりを感じた。鬼庭佐清おにわすけきよは、書名を見ただけで元の場所に戻した。

「俺がこの跡を継ぐのか」

「御意にございます。しかしご心配なされまするな、清宗様と同じことをなさらずとも、気配りを怠らねば何も案ずることはございませぬ。」

「気配り」

「はあ、何と申しますか。関係各所への気配りにございます。」

賄賂だ、と光宗は察した。二海道の地は畿内より西廻り航路と東廻り航路の交差地点に位置する。それゆえ交易により莫大な富を得てきた。都人を籠絡することなど容易い。

光宗は、相分かったといって、話題を変えた。

「ところで私の出仕はいつからになる」

「ひと月後に相成ります。若君、いや御館様には主税省しゅぜいしょうへご出仕となります。」

「主税省。出世の登竜門ですな」

義基が補足する。恐らく義秀が手を回したのだろうと光宗は思った。

勧学院かんがくいんも出てない俺が主税省か。義秀、俺を買いかぶっているんじゃないか」

「御館様ならきちんと務まりましょう。それに、主税省に入るといっても、まずは少初位しょうしょいの見習いでございます。」

「確か、少初位の位袍いほうは黄色でしたな。」

「まことか、義基」

佐清は尋ねた。顔が綻んでいるように見えた。

「山吹のような黄色だ。佐清」

義基が答える。光宗は、2人がいじっているように見えた。

「その方ら、何か言いたいことがあるのか」

「いいえ、目立ってなかなかお似合いかと存じます。」

佐清が笑いながら言うので、たまらず光宗は「笑いながら言うな」と笑いながら突っ込んだ。

鬼庭佐清は二海道伯家に仕える譜代の家臣で、西土門義基は二海道伯家の分家の出だった。幼い頃より学問と武芸を共にした仲で、そして今では、腹心の部下だった。

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