千足國物語「新参者・二海道光宗4」

3日目、光宗みつむね義秀よしひで義基よしもと佐清すけきよのみを伴って、主税卿・蘇芳文正すおうふみまさ伯の屋敷に向かった。前日は1日中挨拶回りの打ち合わせで、3人組はいささか疲れ気味だった。それを義秀は察して、光宗の両肩を強く叩いた。

「しゃきっとなされませ。世が世なら初陣でございますぞ」

義秀は、お前たちもだぞと付け加えた。

一行は、蘇芳屋敷へ出発した。

官人たちは実家が保有する畿内屋敷に住まうものだが、伺候伯となると実家同様の屋敷を賜る。すなわち実家と同等、もしくはそれ以上の地位であることを示す。蘇芳伯の本貫は塩浜しおはま候領であり、蘇芳の家名は、やはり屋敷とともに賜ったものだった。

緩やかな上り坂を上がると山中と呼ばれる地域がある。蘇芳伯の屋敷は同地にあり、王宮からさほど遠くないところにあった。山中はその他伺候伯や公の称号を持つ王族たちが住まう住宅街だった。ちなみに山上には王宮がある。

門前には、2人の門番が立っていた。門番の1人が、光宗一行に身分を尋ねた。返答したのは義秀だった。

「ご苦労さまにございます。手前どもは二海道伯家の者でございます。こちらが此度、主税卿様の配下になられる少初位・二海道光宗様にございます。以後お見知りおきを」

「これは失礼いたしました。少々、お待ちくださいませ」

門番が屋敷内に入ると、中から直垂姿の老人が現れた。

「これはこれは、二海道伯のご長男様にございますな。私は蘇芳伯家の家司・榊正武にございます。主人も皆様をお待ちしておりました。」

さ、こちらへと、一行は中に通された。光宗は伺候伯の屋敷はさぞ大きかろうと思っていが、実際見てみるとそうではなかった。二海道屋敷とさほど変わりはなかった。やはり伺候伯やら諸侯やらが居住しているだけあって、好き勝手な大きさにはできなかったのだろう。

いくつか廊下の角を曲がると座敷に通された。家司の榊正武の指示に従い、光宗が下段の前方に着座し、その他の者たちはその後方に着座した。上座の方は一段高く出来ていた。

しばらくして、光宗は足音が近づくのを感じた。正武が「お成りにございます」という声で、一同は平伏した。障子が開けられ、衣擦れの音が止むのを待つ。

「苦しゅうない。面をあげよ」

はは、と光宗は応答した。面を上げると、水干姿の老年の男が座っていた。深いしわが刻まれているが、精悍さは残っていた。

「お初にお目にかかります。二海道伯義宗が長男・光宗にございます。主税卿様におかれては、幾久しくお引き回しのほどお願い申し上げます。」

光宗は軽く頭を下げた。蘇芳蘇芳は、満足そうにうなずいた。

「期待しておるぞ、光宗」

光宗は応答すると、懐から袱紗の包みを取り出した。中を開くと折紙が入っていた。

「此度、着任に際しご進物の折紙を持参してまいりました。宜しくご笑納くださいませ。」

榊は光宗から折紙を受け取ると、蘇芳に手渡した。蘇芳は榊から折紙を受け取ると、満足そうにうなずいた。

海獺かいだつか、これはまた珍奇なものを。まことにありがたいことだ。」

さて光宗、と蘇芳は続けた。

「着任前に言わねばならぬことがある。この主税卿という職は、嫌われ者だ。」

「何故にございましょう」

「有り体に申せば、我らの仕事は粗探しだ。この畿内は年貢を始め商いをする者からも税を取る。その徴収に不足はないかを調べ、足りなければ代官や民部の者、鴻臚の者たちが民百姓から文句を言われながら集めた税にケチをつける。それが我らの仕事だ。ゆえにそちのような体格と武術に優れ、算術に長けておらねばならぬ。」

「算術はよくわかりますが、武術といいますのは」

「それはの光宗、暴れる者や抵抗する者を制圧するためだ。」

「民百姓が暴れるのですか」

「それ以上に官人が暴れる」

光宗は理解に苦しんだ。

「まあ、見ればわかる。習うより慣れろだ。」

「かしこまりました」

「それと、そちの上役には悲田院出身の者もいる。そちの伯父は進物も出さずに五位の官人にまで出世した。つまり実力が物を言うのだ。実力も手段、進物も手段、そちの目的を忘れるでないぞ」

義秀の言うことと真逆だ、と光宗は思った。だがそれは口にせず、ははと返事をした。

その後、光宗は蘇芳とともに公の封号を持つ王族や左右の大臣の屋敷へひと月かけて、件の折紙を献上していった。その間、都見物などできる余裕はなかった。

そして、朝廷での生活が始まった。

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