畠山重忠物語 序

朝。静寂を破ったのは地を鳴らすほどの蹄の音だった。大将格の男を筆頭に数十騎ほどの騎乗している男たちがやってきた。武士ではない。冠もせず、身なりも汚い。

男らは馬を止めると周囲を見渡した。朝日に照らされた金色の稲穂が風に揺れている。

「大将、さっさと刈り取りましょう」

「いや、さきに館を襲おう。他の連中がやって来ても困るからな」

大将らはまばらに人家が立つ中で、ひときわ大きな館を見つけた。金窪の館である。彼らは門前についた。当然ながら、門は閉ざされている。

「開門願いたい。畠山のものである。」 

一人の男が、威儀を正した声色で怒鳴った。一時ばかり時間がかかって、中の者らが門を開けた。

「おはようございます。畠山様の御用というのは、どういうことでございましょうか」

男たちは嗤った。その刹那、大将格の男が太刀を引き抜き、下人を斬り捨てた。

「かかれ」

その合図に男たちは屋敷内へ襲いかかった。

一方、館の主・金窪行信は、外の騒々しさで目を覚ました。

「誰かある」

すると家人の者が、すぐに答えた。

「申し上げます。畠山と名乗る者たちが邸内で狼藉を働いております。早くお逃げくださいませ。」

「構わぬ。応戦する。女子供は逃がせ。」

「それでは殿が」

「坂東武士が逃げ傷を負えるか。案内せい。」

行信と家人らは現場へと向かった。廊下には無数の死骸が転がっている。長年もの間、金窪の為に働いてきた者たちだった。行信の怒りは頂点に達した。

声のする方を見ると、無冠で蓬髪の体格だけが立派な男たちが、殺戮を繰り広げていた。

行信は躊躇なく、彼らに向かって矢を放った。

「何をするか」

右目に矢が刺さった男が叫んだ。そこを家人たちが斬り捨てる。

「狼藉者よ、よく聞けい。主の金窪行信である。その方ら、どこの者だ。」

「畠山の者でござるよ、なあ。」

ハハハ、と男たちは嗤った。行信はこの侮辱に腹を立てた。畠山の連中はこのような真似はしない。

「畠山を騙る狼藉者じゃ。皆、斬れ。」

主人の命に家人たちは必死に戦った。行信は傍らの家人に向かって言った。

「妻子を本家に送ってきてくれ。儂はここにいる。」

「・・・・・・」

「早う、行け。」

その家人は、別棟にいる行信の妻子のもとに走った。彼女らは既に用意を済ませている。

「お方様、若君、参りましょう。」

「殿はどうなさいましたか。」

「殿は戦っております。必ずお戻りになります。さあ、参りましょう。」

彼らは急いで別の門へと向かった。そこから本家へ逃げるつもりだった。

「母上、恐ろしゅうございます。」

母の手に繋がれた当年十歳になる太郎は、母に訴えた。

「しっかりなさい、そなたは武者の子ですよ。これぐらいは当たり前だと思わないといけませんよ。」

一行は別の門から出た。周りには誰もいなかった。

「さあ行きましょう」

あたりを見渡しながら、音を立てずに急いで山の方へと向かう。その刹那、男の嗤い声が聞こえた。後ろを振り向くと、例の男たちが立っている。

「どこへ行かれるかな。」

「そななたちは、何者です。」

そなたたちは、何者です、と男たちは女声を出しながら真似fをする。

「我々は畠山の者でござるよ。皆々様を畠山へお連れしようと参上したのでございますよ」

へへへ、ヒヒヒと黄色い歯を覗かせながら男たちは嗤った。家人は太刀を引き抜き、背後に行信の妻と子を隠した。男たちはなおもニヤニヤと笑いながら、太刀を引き抜き一斉に襲いかかった。

お逃げくだされと家人は2人に言った。2人は手を握りながら、急いで逃げた。後ろでは家人が応戦している声が聞こえた。2人は必死になって走った。

2人は途中の人家に立ち寄り助けを乞うた。

「開けてたもれ、開けてたもれ」

戸を激しく叩いた。すると中から男が怒鳴った。

「早う往ね。力のないやつを助ける義理はねぇ」

家の主はそうやって断った。彼らにとって主人など誰でも良いのだ。力があれば誰でも。

哀れな親子は、ただ山の方へ走った。本家に一縷の望みを託したのだ。

少年は泣いていた。人生で初めて人の冷たさを知ったのだ。母は少年が足を怪我しているのを見て、

「泣いてはなりませんよ。きっと本家へ行けば、きっと」

となぐさめた。

「居たぞ」

後ろから例の男たちの声が聞こえた。

「太郎、逃げなさい」

母は少年の背中を押した。

「母上」

「早う、早う。逃げなさい」

少年は、走り出した。あてもなくただ、山の方へと走っていった。後ろでは、母の叫び声が聞こえる。嗚咽を漏らしながら彼は走りつづけた。

しかし石につまずいた。起き上がろうとしたその時、あの2人の男が立っていた。あの追手の仲間だった。父と母を襲ったあと男だった。黄色い歯を覗かせ、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべ、少年に言った。

「今、母者に合わせてやる。来い。」

1人の男が、少年の手を引っ張る。間合いが近づく。その時だった。少年は背の低さを活かして、男の脇差を引き抜き、その腹に突き刺した。

「おのれ」

もう片方の男が、太刀を上段に振りかぶった。だが少年の方が早かった。倒した男から抜け出て、そのままもう片方の男に突進した。その衝撃で倒れた男に馬乗りになり、傍らの石を取って、男の顔面に叩きつけた。

何度も何度も叩きつけた。気づいたときには、男の顔は単なる肉塊へと変貌していた。

太郎は力なく立ち上がると、2人の死骸を見て言い捨てた。

この言葉は太郎を生涯縛り付けることになる。

「許すまじ、畠山」

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