千足國物語「新参者・二海道光宗5」

王宮のある大宮山はさほど高くない。光宗にしてみれば丘のようなものだった。その丘に官人たちや公の封号を持つ貴族たちがひしめき合って暮らしている。その上に王宮はあった。山の上にあるから山上とも呼ばれ、民百姓の「王宮」を意味する隠語でもあった。

王宮は青々とした銅葺き屋根に朱色に染められた巨木で建てられている。海からの来訪者たちに威容を誇るためにあるのだろう。宮城門の上には「治天下宮」という額が掲げられていた。その下を多くの官人たちが出入りしている。彼らは入門すると、官厩所の役人に自分の馬を預ける。ただし、門の中に入れるのは官職と勅許のある者だけだった。

光宗はそれを眺めていると、義基が「御館様」と声をかけた。

「何だ」

「私たちは、この辺で失礼いたします。夕刻にはお迎えに参上いたします。」

「わかった。」

これを、と佐清が風呂敷包みを渡す。光宗の算盤や筆記用具、帳面が入っている。

「御館様、宮中は広いですからね迷わないでくださいね。迷ったら周りの方々に聞くんですよ。それから、昼になりましたらお屋敷に戻ってくださいね。」

佐清が笑いながら言う。

「わかってるよ」

光宗はそう答えて、門の中へと入っていった。彼は周りの邪魔にならない隅の方に行くと、風呂敷の中から蘇芳伯からもらった宮中の見取り図を取り出した。宮中には様々な部署がある。銭の鋳造や正倉院の管理をする大蔵卿、各所からの予算の審査をする主計卿、歳入の不足を調査する主税卿、商業や民政を司る民部卿、宮中の事務を司る宮内卿、異国との通商を司る鴻臚卿、千足國の軍事を司る兵部卿、裁判を司る大法院。そのまま主税のところへ行くか、それとも寄り道をしようかと思案をしていると、突然、地図が手元から消えた。後ろを振り向くと縹色と緑色の位袍を身にまとった3人組がいた。

「あの、何か御用でも」

「へぇ、随分詳しく書いてあるな。誰からもらった」

光宗の質問に緑色の位袍の男は答えなかった。縹色の2人はニヤニヤと嗤っていた。

「主税卿様です」

「主税。へぇ、あの主税の新入り。」

緑色の位袍の男は、嗤いながら見取り図を破り捨てた。

「何をなさるのです」

「遊び」

会話になっていない、と光宗は思った。3人は気持ちの悪い笑みを浮かべている。己の醜さを鏡に映してやりたい。

ところでさ、と縹色の男がいう。

「銭あるか」

「ございますが」

「貸して」

「お断り申し上げます。」

「何」

縹色の男が、光宗の胸ぐらを掴む。光宗は左手で掴む方の腕の肘を下に払うと、右手で相手の顔面に一撃を食らわせた。相手は鼻を押さえて倒れ込む。光宗は残りの2人を睨みつけた。相手は、殴られた男をおいて逃げていった。

光宗も、その男をおいて主税卿の許へ向かった。傍観者達が光宗を見て、慌てて道を開ける。畿内のやつも大したことはないと、光宗は思った。

記憶を頼りに、いろいろ道に迷いながらも主税卿の許へたどり着いた光宗を待っていたのは、上役である従八位・烏頭吉孝の説教だった。光宗は最初、遅刻に関してだろうと思っていたが違った。

「おい、二海道」

光宗は返事をした。自分より少し若いくらいだと思っていたが、若白髪のため少し老けて見える。例の悲田院出身の官人だった。

「先程、宮城門の側で喧嘩をしただろう」

「喧嘩ではございませぬ。向こうが胸ぐらをつかんだので、咄嗟に手が出たのです。自衛ででございます。」

「それを喧嘩というのだ。」

ハハハ、とそれを聴いていた従七位・東雲行正が笑った。この人もまた悲田院出身で官位はさほど高くはないが、この主税卿配下の中では最古参で計算も早い。

「まあ相手は気位が高い鴻臚卿の連中とちゃらちゃらした民部卿の連中だから、ざまあみろってんだ。」

「東雲さん、俺と悲田院出身なんだからあんまり民部卿の悪口言っちゃ駄目でしょう」

「何言ってんだ、俺は悲田院には世話になったが、民部卿に世話になったわけじゃねえぜ」

それに、と言って光宗を見た。

「こいつぁ二海道清宗の甥だぜ。やっぱり血は争えねぇな」

「伯父が何かしたんですか。」

「したも何も俺の恩人さ。あの人がいなかったら、また」

いや、いいと言葉を切って、相好を崩した。

「よし、俺が宮中の一から十まで教えてやる。来い。烏頭も来い。」

「仕事はいいのですか」

光宗は尋ねた。

「暇だから問題ない。」

それに、と東雲は続けた。

「仕事はさっさと終わらせて、しているふりして定時で帰るのが一番だ。」

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