畠山重忠物語 第5回「願い」

「市の賑わいも一段落したな。」

晩秋のとある夜。本田屋敷の縁側で成房は近保に話しかけた。傍らには瓶子とかわらけが置かれている。畠山の領内で作られた酒が入っていた。

「ああ、京より持ち帰った唐物も無事にみな片付いた。」

「いくらで競り落とされたんだ」

「一番高いもので青磁が米100石で落とされた。それらを色々合わせると5千石になるかならないかだな」

「前回は1万石までいったではないか」

「売上自体は1万数千石だが、その対価が武蔵守様の切下文での」

「不渡りもあるということか」

近保はうなずいた。成房は舌打ちをした。

「河越にも困ったものだ。惣検校職を拝命したからといって、ことあるごとに畠山の邪魔をする。下手すれば決済を先延ばしにされるやもしれぬ」

「やはり国衙を抑えられなかったのが悔やまれる。」

2人はため息を漏らしながら、くきをつまんで酒で流し込んだ。豉は大豆でできた発酵食品で、現在の寺納豆に近いものとされている。武蔵国では律令の時代以来の貢納物で当時としてはかなりの高級品だった。生産者側の役得なのか2人はそれを遠慮なくつまんでいる。豉の塩辛さが酒をすすませた。

「うまいの。やはり武蔵のものはうまい」

近保が顔をほころばせながら言う。

「京の都でもうまいものはあったであろう。」

成房の問いに、近保はうなずいた。

「都は水も悪いし、人も悪い。第一貧富の格差がよくない。平家のような権門はいい暮らしをしているが、民の生活はだめだ。ここよりひどい。」

「そうか」

2人は黙りこんだ。次に何を話すか考えていた。会話を再開したのは、近保の方だった。

「氏王丸様は今年でいくつになられるか」

「今年で10歳だ」

「あれから10年も経つのか。世の中は変わったの」

「今では平家が天下の政を差配し、相国様のご息女が中宮様になられた」

「同じ平氏だというのに、頭を下げねばならぬとはの」

2人はため息を付いた。ふと成房はあることを思い出していた。

「近常はいかがした。もう寝ておるのか」

近保は首を横に振った。右手の小指を立てる。

「年頃かの、ハハハ」

「ハハハではないわ。和主の所の成清も一緒だ」

成房は一瞬固まると、舌を打った。

「まったく盗人は取り逃がすわ、氏王丸様を見失うわ、仕事もできぬに、あのたわけ」

2人は笑った。

「太郎様も一緒だ。」

「太郎様もか。お方様が怒るぞ」

と成房はひやかした

「太郎様とて、いつまでも子供ではないからの。氏王丸様とて、同じだ。」

「氏王丸様にはまだ早い」

「なにをいうか。氏王丸様が居なくなった時、生臭坊主の稚児になると騒いでおったのはどこの誰だ」

今度は近保がひやかした。まあ、と近保は続けた。

「どのようなお方に育っても良いが、いつまでもあの4人には仲よくあってほしいものだ」

「・・・・・・そうだな。そうあってほしいものだ」

本田近保は三浦の方の子・太郎重光の乳人で、榛沢成房は、江戸の方の子・氏王丸の乳人だった。江戸の方が産後の肥立ちが悪く泉下の人となったあと、重能は三浦氏に配慮し彼を三浦の方の養子とした。しかし、江戸氏の血筋であることに変わりはなく、いつか畠山の跡目争いが起きるのは必至だった。

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